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ココログ
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ココログって何?
ココログ初級ガイド

 
 

2004.10.30  質問の答えです!

メールなどの質問で答えれそうな質問を答えていきます。
全部は無理かもしれないんで、そこんとこはご了承くださいませませ。

Wさんの質問 佐藤選手はK1に興味はもうありませんか?
キック界の将来の為にも佐藤選手は全国区の選手になってもらいたいです。

A K-1はもちろん世界の一流選手達が出ているので強い奴と戦いたい僕としては興味はあります。
ただ出場するかしないかは僕がどうこういうのではなくて、K-1側が僕を必要とするかしないか、またK-1ファン側が僕を必要とするかしないか、です。
僕は自分を必要としてくれているリングを求めて戦っていきたいと思っています。
僕を必要としてくれているリングは世界中にありますから。
もちろんK-1側からオファーが来れば断る理由はありませんけどね。

Rさん 金魚の絵本できたらみてみたいです。ちなみに去年水泡眼のホッペタゴンは他界されました。
今、出目金の黒吉がちょっと具合が悪そうで、治療はしているのですが、一向によくなりません。
頂点眼の目太郎は元気です。もう黒吉も目太郎も3歳と半年になりました。
あとキック始めたキッカケは2月16日分の日記見てください。

Uさんの質問 普段のスパーリングに比べて、試合の動きのほうが毎回いいんですが、スパーリングでも試合みたいにいい動きがしたいんですがなかなかできません。佐藤選手はどうですか?

A 僕はミットで半分死んだ状態でスパーをやるので試合より良い動きのスパーリングはないっすね(笑)
でもデビュー当時はやっぱり練習の強さを試合で出せませんでした。
これは経験を積むしかないと思います。

Sさんの質問 日本で佐藤さんの試合を観れる場があるなら教えていただきたい

A このサイト上で試合情報は常時更新されます。日本で試合のときはWEB上でもチケット買えるようにしたいなと思っているので、そのときはもし良かったら買ってやってください。

掲示板での美香さんの投稿

A 確かにそういう面では世界チャンプという触れ込みでファン層が広がるのかもしれませんね。
でも僕が言いたかったのは、あの試合によってボクシングよりキックボクシング、K-1強いって皆さんに思われたくないんです。
キックやK-1、ボクシングはどれが上でも下でもないんです。
確かに僕はキックボクシングを誇りに思っていますが、かといってボクシングを卑下したりはしません。
ボクシングだって素晴らしい格闘技です。
あの試合だと格闘技初心者の方々にはボクシング弱いなあという印象しか与えられないでしょう?
そういうのがあんまり・・・っていうことです。

ハッスル7さんの質問 佐藤選手はどうやってスネを強化したん
ですか?ところでとなりの方はどなたでしょう?

A サンドバッグを10年間蹴り続けた結果ではないでしょうか(笑)スネは確かに堅いらしいですよ。僕は。
ちなみに僕はあらゆる食べ物を食べれるのでタイ料理も大好きです。
ブログの隣の方はニフティーの色男Yさんです(笑)
いつもWEB更新でお世話になっています。

KID VS 魔裟斗戦について 旬なカードだと思います。魔裟斗選手有利は変わらないのですが、ひょっとしてKID選手なら!って皆さん思ったから、このカードが実現したんだと思います。
個人的には楽しみです。

加藤選手の引退?について 正式な発表はしていませんので、なんともいいようがないですね。それに他人の進退に口出しするのは好きではありませんし、
本人が辞めたい、もしくは辞めなければならないというのであれば、それはもうどうしようもないことだと思います。
僕も何度かあきらめそう思ったときがありましたが、周りの支えでなんとかこうして踏ん張って生きています(笑)
みんなありがとう。
僕が引退したら人生半分終わったなあという感じかな。

写真は一昨日いとこと飯を食べに行った居酒屋。飲んでいるのはハニーモロヘイヤというドリンクです。
酒はもう試合まで断ちましたので、酒は飲んでいません。
DVC00003.jpg

2004 10 30 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)


2004.10.28  今年2度目のタイ遠征紀 ⑥最終回 9月26日 試合後

試合翌日はとにかく遊びまくることに決めた。
朝の9時に起きて朝御飯を食べに行ったら、前日KO勝利を収めた山本元気選手がちょうどいた。
色々話したのだが元気選手が嬉しいことを言ってくれた。
「自分は悔しいっすよ。なんで佐藤選手が周りにもっと認められないのか!」
こういう言葉を聞けただけで僕は嬉しいっすよ。元気さん。
それに着実に僕は認められる存在になってきている。
これからも自分の可能性を信じてやっていくしかない。

食事後クイーンズパーク隣の公園でタイ語の勉強を少しする。(といっても数字、挨拶を覚える程度)
そして10時からタイマッサージを2時間受ける。気持ちよかった。
2時間で日本円約600円って、超安い。

その後、セコンド勢と合流し、コーチにタイスキをごちそうになる。
タイスキうめえ!!
食事後、セコンドのダハ-ルさんとサイヤムスクエアに出かけてショッピングをした。
taidepa-to.jpg


その後またホテルのあるスクンビット通りに戻り、またダハールさんとマッサージを受けようと店に入った。
ここで恥ずかしい事件が起こる。
僕達の先客でタイ人の女の子と思われる女の子2人がマッサージを受けていたのだが、
その子がアムロ似のとてもかわいい子で僕がどうせ日本語わからないだろうと思って
「ダハールさん、ダハールさん。あそこに座ってる女の子めちゃくちゃかわいいがね。」
と言ったら、ダハールさんが
「本当だがや。どえりゃ~かわいいがや。」
と言って、全身マッサージ希望のダハールさんは奥の部屋に消えていった。
僕は今回は足マッサージをお願いして、そのかわいい女の子の隣に座った。
そしたら、その女の子が隣の友達に
「すっごい気持ちいいねえ。」
となんと完璧な日本語で喋ったのだ。
僕は一気に冷や汗がたら~と流れてきて本当に焦った。いや試合より焦った(汗)
さっき僕達が喋った会話は間違いなく、その子に聞こえていた!!
僕は女の子に顔を向けることができずに、ずっと首を反対方向に向けたままマッサージを受けた。
マッサージ受けにきたのに首が痛くなった・・・
そして一人僕を取り残して奥に消えたダハールさんを恨んだ。
あとはもう寝たふりをして、一秒で早くマッサージが終わることを願っていた(笑)

苦痛と羞恥のマッサージが終わって、またみんなと合流して、
コーチが「今度勝ったらごちそうしてやる」と約束していた、北京ダックを食べにみんなで出かけた。
僕は生まれて初めて北京ダックというものを食べたが・・・うまい!!感動した!!
あれはまじでうまかった。うん。
そこの中華料理屋は本当にうまくて麻婆豆腐やチャーハンとか全部がうまかった。
そこの中華料理屋でもみんなで酒を飲みながら、アホトークに花を咲かせてすごい楽しかった。
試合後のこの開放感はやっぱり何回も言うけど、何物にも変えがたいなあ。
コーチご馳走様でした。今回本当にお世話になりやした。

その後はもう時間がないので、急いでホテルに戻ってパッケージをし、みんなとお別れをしてバンコク空港に急いだ。
強行スケジュールのタイ遠征はこれで終わりを告げる。
だが僕の人生の遠征はまだまだこれからが本番だ。

もっと上へもっと先へ。気持ちの続く限り前で出続けます。


2004 10 28 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


2004.10.27  今年2度目のタイ遠征紀 ⑤9月25日後半 2度と同じ過ちはしない

syutujin.jpg

リングに向かう途中にも「前と同じ過ちはすんなよ」と自分に念じ、
リングに上がるとき祈りをささげるときも「同じ過ちはしないってのがお前の長所だろ」と自分に言い聞かせてリングに上がった。

ワイクーはとりあえず踊るだけで適当に踊った。僕は何故かワイクーのときに後ろ足をピクピクさせると足がつってしまうのでピクピクさせない。
会長はそれが気に入らないらしく、いつも僕のワイクーは下手だと言ってくる(笑)
自分では割と様になってると思うんだけど・・・(汗)

リング中央で相手と向かい合ったとき満面の笑みでディーゼルレックが微笑んできたので、僕も満面の嘉洋スマイルで応えてやった。
そして試合開始。
ゴングが鳴り、相手の情報は何もないので、とりあえず色々な技を打っていこうと思い自分の距離で色々出してみた。
今回の相手はどうやら奥足のローキックのカットが甘いようだ。
セコンドの声はムエタイの音楽と歓声でほとんど聞こえない。ので「会長ならこうするんじゃないか、こういう指示を出すんじゃないか」というのを思い浮かべて攻撃し続けた。
試合後に聞いてみたら理想的な攻めだと会長が誉めてくれたので、良かった。
会長の声は聞こえなくても会長の思うような攻撃ができるようになってきた。我ながら恐ろしい・・・
そして、相手はスネをへし折られて担架で運ばれていったのである。
相手は違うが、自分の中で4月の自分のミスを今回の勝利に生かせたことはとても嬉しかった。

コーチが後日僕にこんなことを言ってくれた。
「チャンプアック&デイーゼルレック戦は今後の戦いに生かせる滅茶苦茶貴重な経験したって事だよ。
ドラゴンズだって日本シリーズ初戦は何でもないフライをエラーしたり全く打てなかったりだけど昨日は松坂打ち崩したじゃないか。
チャンプアック戦は日本シリーズの魔力というかルムピニーの魔力だよ。
でもそのおかげでデイーゼル戦はKOパターンのリズムがつかめたじゃないか。」
この言葉をもらったとき、すごく嬉しかった。
確かに今後へのすごい良い経験をしたと思う。
4月に負けて、また自分を見つめなおす機会を得て、もう一段上の精神力、技術を手に入れて7,9月と連続でKO勝利ができた。
KO勝利だけが全てではないけれど、自分の中でのスタイルが大分出来上がってきたような気がする。
今のスタイルを貫けば、そうそう負けることはないと思う。そしてKO勝利ももっと増えるだろう。
確実に勝ち、なおかつ倒す。自分が最高の理想としていたスタイルにたどり着きつつある・・・かな。

試合後にはヤッシーンも祝福に来てくれ、また再会を約束して別れた。
あと試合後の観光客の人達との記念撮影の人の多さにびびった。
100人くらいは並んでいたのではないだろうか。全員の人とは写せなかったけど、これだけ多くの観光客の皆さんに喜んでもらえて嬉しく思う。
またこれをきっかけにサイトを見つけてメールをくれた人もいる。もし良かったらこれからも応援してやってください(笑)
その後記者会見があり、僕も出席した。
kisyakaiken.jpg

5分以上もパジョンスックと握手し続けてお互い苦笑いだった。
こういうとき僕は昔から落ち着きの無い子と通知表にいつも書かれていたので今回も当然のごとくよそ見ばっかりしていた。
記者会見が終わり、シャワーを浴びて着替えていると目の前をディーゼルレックが痛そうな顔をしながらトランクスのままで担架に乗って救急車で運ばれていった。
僕はその時どうしたらいいかわからず、まったく無表情のままディーゼルレックと目があって、固まっていた(汗)
このとき初めてディーゼルレックの足が折れたことを知った。記者の人の話によると2倍くらいに腫れ上がっていたらしい。
スネが2倍って・・・すごいっすね。太股と同じくらいの太さに腫れるなんて・・・

その後ホテルに戻り、祝杯を上げた。ビールがとてもまずかった。苦い・・・
ずっと酒飲んでないとこんなにまずく感じるのかな・・・でも~苦くたってなんだって、こうやってみんなと笑顔で試合後の打ち上げをするのは本当に幸せだと感じた。

~続く 次号 タイ観光編

2004 10 27 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)


2004.10.26  今年2度目のタイ遠征紀 ④9月25日中盤 2度と同じ過ちはしない

ルンピニースタジアム着いて日本から応援に来てくれた人達と再会した。
今回はツアーもあったのだが、仕事の関係上超ハードスケジュールで来てくれた人もいた。
応援に来てくれた皆さん本当にありがとう。

まず会場に入って、第2試合くらいまで2階席で会場の雰囲気とかを感じながら観戦する。
床の抜けた2階席の下には空き缶やゴミがびっしりと捨てられていた。
この汚れた雰囲気もまたルンピニースタジアムの醍醐味ではなかろうか。
でも試合する身としてはクーラー完備の会場でやりたいね(汗)
2試合目を観戦してから控え室に戻り、準備に入った。
写真は会長にバンテージを巻いてもらっているところ。
bante-ji.jpg

バンテージも巻き終えて柔軟をしていたら、おばさんが近寄ってきてタイ語の少しできるセコンドの通称ダハ-ルさんに何やら僕を見ながら話している。
何を言っていたかと聞いたら
「あの子はあんなに優しい目で本当にファイターなのかい?大丈夫なのかい?」
と心配して言っていたらしい。
日本でもまず間違いなく言われるこの言葉を異国の地で言われるとは・・・
僕は万国共通の優しい顔なんだろうなあ・・・(苦笑)

それからまた準備をしていると、今度は 今年の2月にイタリアで共に戦ったヤッシーンが僕の肩を叩いた。
「YOSHI!元気かい?」
「ヤッシーン!!びっくりだよ。まさかここで会えるなんて!もちろん元気だよ。」
「今日は頑張ってくれよ。じゃあまた試合終わったら話そう。」
「うん。じゃあね。また後で。」
オランダ遠征のときのソアレスの時もそうだったが、会えて本当に嬉しかった。
国境を超えて言葉も違ってもリング上で本気でぶつかり合った僕らは、いつもどこかでつながりあっているんだ。
この瞬間だけは本当にキックボクサーをやっていて良かったと思った。
後から聞いた話だとヤッシーンは10月の後半にイタリアでワンデイトーナメントをやるらしい。
参加メンバーにはタイの中量級の破壊王ヨーデーチャーも出場とのこと。
是非ともヤッシーンには優勝して欲しいと思う。

さあようやく僕の出番だ。僕の1試合前の試合の2R目くらいにリング脇の椅子に座り試合を待つ。

~続く

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2004.10.26  ポラロイド写真プレゼントでっす!!

TOPにもあるようにブログ化を記念して皆様にプレゼントです!!
どしどしご応募してくださいね。
動画メッセージは僕は試合以外でのカメラ目線は苦手なので
目がスーパー泳いでますけど、気にしないでください。
来年中にはばっちりカメラ目線できるようにしておきます(笑)
ポラロイドは全部違うパターンなので、お楽しみに!!
ではまた遠征記も鋭意作成中ですので、そちらのほうも楽しみにしていてくださいね。チャオ!

P.S 遠征記が終わったあたりでメールや掲示板とかでの質問系一気に返す予定です。

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2004.10.23  今年2度目のタイ遠征紀 ③9月25日前半 2度と同じ過ちはしない

朝6時に計量のためインペリアルクイーンズパークホテルを出てルンピニースタジアムに向かう。
今朝初めて山本元気選手と会う。昨日イングラムジムでワイクーの練習をしたみたいである。
朝も前回4月に比べるととても涼しくて快適だった。
計量も前回予備計量では余裕でパスしていたのに本計量になって2Pもオーバーと言われて外を走らされたが今回は1発でパス。

ドクターチェックも前回は尿検査、肺活量などすみずみまで調べたのだが今回は触診のみ。なんなんだ一体?
毎回やりかたの違うドクターチェックとは(笑)
売店で日本に帰ってから使うトランクスを2枚、試合で巻かなければならない腕輪、タイオイルを買ってホテルに戻った。
ちなみに今回の試合は別に遊びに来たわけじゃないので1万7000円しか持ってこなかった(笑)しかも1万円はホテルのデポジットで取られ7000円で行動することに・・・

あとはとにかくエネルギーを溜め込むことに専念する。食って食って寝て、食って食って寝て・・・である。
指の先までエネルギーが行き渡るがわかる。
TVでムエタイ中継もやっていたので、それを見ながら寝たり、考え事をしたりしていた。
前回のタイ遠征で(チャンプアック戦)勝利を手中にしながらも手からぽろりと零れ落ちた経験が頭をよぎる。
それなりに不安につつまれたりもした。とにかく前回のようなミスは絶対に犯してはならない。

俺はあの日負けてからものすごく後悔して、そして反省をした。
「負けたのは全て自分の精神的な甘さからきたのだ。」
としっかりと自分に認めさせ、また立ち上がり勝利に向かってまい進してきた。
自分の弱さを認めることはある意味、もの凄く怖いことではあるが、弱いものは弱いと認識しなければ、いつまでたっても成長することはできない。

自分に嘘ついたってしょうがない・・・でも俺は駄目だ駄目だとどんどん落ちていってもしょうがない。
大事なのは自分が弱いのを認めて、じゃあ強くなってやろうじゃないかと思う心が大事。
こんなことは心が強いとか弱いとかの問題じゃない。やろうとするかしないかの問題である。
大丈夫俺は強い。俺なら勝てる・・・
など自問自答しながら時間を過ごしたら、ホテルを出る時間も近くなっていた。

ルンピニーに行く途中のタクシーで山本選手がKO勝利との報告をうける。良かった。
今回どうしても山本選手には勝ってもらいたかった。
なぜなら前回加藤選手がガオランにKO勝ちして動揺してしまった自分がいるので、
自分が成長したのを確認するのに山本選手がKO勝ちしても何も動じない自分を見ておきたかった。

そしてルンピニースタジアムに到着・・・

~続く


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2004.10.21  今年2度目のタイ遠征紀 ②9月24日 向き不向きより前向き

今回は結構強行日程で試合の前日にタイに入り、試合の翌日の夜にタイを出る。

出発当日朝の8時に名古屋空港へ到着。
行きの車の中は、友達の浅野くんが焼いてくれたランシドのCDを聞きながら縦揺りで過ごす。
10時に出発の飛行機だったのでチェックインを済ませてからは売店などを見ながらダラダラと時間が過ぎるのを待った。
それでそろそろゲートに向かおうと思って、入り口に並んでいると、多分グランパスエイトのユースかなんかの人が留学なのかなんなのかわからないけど、友達10人くらい連れて来ていた。
グランパスってわかったのは友達がグランパスの旗を持ってきていたから。

大きな野望と夢を持って海外へ飛び立っていくだろうその青年が列に並び始め、中ほどまで行くと、その青年を見送りに来ていた友達が
「名言言え。名言。」
とその青年を促した。
青年は少し恥ずかしそうにしながら

「向き、不向きより、前向き」

とはっきりと聞こえる声で言った。
僕は横で聞きながら、その言葉をゆっくりとかみ締めて
「いいこというなあ」ってついつい独り言を言ってしまった(笑)
今回の遠征中この言葉がずっと頭から離れなった。多分もう一生忘れないと思う。
その後その青年がどうなったかのかはわからないが、前向きになって頑張っていることだろう。
僕も心から成功を祈っている。
自分には向いている、向いていないと決めつけてしまうより、まずは前向きに考えよう
今の日本人にはうってつけの言葉なんじゃないかな。

そのあと搭乗口と飛行機の中でゲームボーイアドバンスのマザー1・2をやりながら時間をつぶした。
ヨーロッパに比べるとタイは楽でいい。
6時間で着いちゃうから。
時差も2時間でそれほど苦にならない。

空港に着いて、まず安心したのは前回の4月の遠征のときよりもだいぶ暑さが和らいでいたことだ。
僕は夏よりも冬のほうが好きなので、少しでも暑さが和らいでいると助かる。
ただ飛行機の中で暇だったので自分の自己分析をしていたら僕は最高の夏男らしい。
なぜなら7,8,9月の夏の3ヶ月間に行った試合は8試合やってなんと8戦8勝7KOなのだ!!
KOを逃したのはガオラン戦のみで他は全部倒している。
夏だけなら大月選手なみのKO率だ(笑)

空港を出てホテルまで行き、早速ホテル横の公園でランニングとシャドーをして汗を流す。
すると会長と会長の兄(通称コーチ)がやってきた。今回コーチにはセコンドなどとてもお世話になった。
コーチはタイ在住なのでタイ遠征のときはいつもセコンドで手伝ってくれる。
その後体重に少し余裕ができたのでホテル横のデパートのレストラン街で軽く食事をし、ホテルに戻り、
明日の早朝の計量に備え、眠りについた。

~続く

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2004.10.19  今年2度目のタイ遠征紀 ①試合決定の経緯

7月のピーター・クルック戦が終わり3日間だけ休んで、練習を再開した。
今回の試合の話が来たのはお盆休み明けの8月17日だった。
ジムに入ると会長が腕組みをして座っていた。僕はいつものように練習前に体重を計って服を着ようとしていたら、会長が口を開いた。
「今お前何kgあるんだ?」
「えっと72kgです。」
「ウェルターで試合するか?」
「えっ!?」
もともとガオラン倒した時点でウェルター級には興味もなくて減量もきつかったので階級を上げた。
それなのに会長がこうやって聞いてくるということは、ただの試合ではないということが即座にわかった。
「どんな試合なんですか?」
「ルンピニーだ。ルンピニーのウェルター級のタイトルマッチだ。」
「っ!!!」
言葉にならないくらい興奮した。体中に鳥肌が立った。会長の言葉を聞いて一秒も経たないうち僕は
「やります!落とします!」
と答えた。ピーター・クルックとの試合が終わって何故か今回は体重がそこまで戻らなかったので、ちょうど良かった。
とはいっても普段からぼよんとはしていないので、それなりに減量はきついはずだ。
だが僕にとっては、そんな減量苦など苦にならないくらいの価値のある試合だった。
そして、その日から地獄のような日々を過ごした。
練習の時間が近づくと胸のあたりが嫌な感じになり、ジムに近づくと吐き気さえ催した。

しかし、当初はルンピニーのタイトルマッチだった話も二転三転して、結局はTVマッチの第5試合に落ち着くことになった。
また対戦相手、契約体重も二転三転した。
対戦相手は2週間前にルンピニースタジアムSライト級10位のディーゼルレック・ルンルアンヨンという名前からしてヒザファイターの選手に決まった。
契約体重が決まったのは試合の一週間前だった。
試合になかなか集中することの難しい試合になったが、それでもなんとかプラスに考えて集中力だけは切らさないように一日一日を必死に頑張っていた。
そして練習のピークも過ぎたころ、スパーリングをやって今回の練習の成果が出た。
相手の攻撃が止まって見える!ほとんど一発ももらわずにカウンターを合わせ続ける事ができた。
よし!これなら勝てる!という実感を確実にものにし、出発当日を迎えたのだった。
~続く

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2004.10.17  ボクシングVSK-1

最近やたらと違う競技同士が比較されてどっちが強いかを決めるという風潮が流行っていますが、
僕はそんな比べること自体がナンセンスだと思うんですよね。
K-1VSボクシング、立ち技VS総合格闘技・・・
ここで例を出して言うとK-1VSボクシングにしましょう。

K-1はキック、パンチ、ヒザ蹴り、ボクシングはパンチのみ。
でパンチのみの選手がキック、ヒザ蹴りを加えたK-1ルールで活躍できるわけがないんです。
ローのカットまともにできない連中に勝っても嬉しくないし、それにローのカットをまともにできないくらいの知識しかないのに試合にのこのこと出てくる選手の気も知れません。
もし、本当に勝つ気があって活躍する気があるなら1年間はしっかりK-1専用の練習をするべきです。
じゃないとK-1の選手に礼を失するでしょう。

K-1にはK-1の良さがあるんだし、ボクシングにはボクシングの良さがあるんです。総合には総合の良さもある。
どっちが強いとか弱いとか比べたって競技が違うんだから比べようがないと思います。
だからボクシングがK-1のリングで負けたところでボクシングが弱いなんて全然思いません。
それに勝ってボクシングよりK-1の方が強いなんて全然思いません。これはただの自己満足にしか過ぎないでしょ?
キックボクサーがボクシングのリングになんの準備もせずに上がって勝てるわけがないんです。
あと総合のリングにいきなり上がってグラウンドの技術も何にもなしに総合格闘家に勝てるわけがありません。

お互いがお互いを潰しあうのではなくて、お互いがお互いの素晴らしさを認め合って、
お互いがお互いと競い合っていけば、もっと盛り上がると思うんだけどなあ・・・

来週からこないだのタイ遠征紀書いていきます。

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2004.10.16  K-1 MAX見ました。and感想

K-1今日見ました。
練習があったんでビデオ録ったんですけど、水曜日と火曜日間違えて違う番組録っちゃって見るの遅れました。

今回会長と練習生の人と軽く賭けをやったんです。
ブアカーオVS武田幸三選手が1-9
クラウスVS小比類巻選手が3-7の掛け率です。
僕はブアカ-オと小比類巻選手に賭けて二つとも当たって小遣い稼ぎになりました(笑)

なぜ今回ブアカーオと小比類巻選手に賭けたかと言いますと、
武田選手はパンチが当たらないと勝つことは難しいと思ったからです。
しかもブアカーオには単発のパンチでは倒せないと僕は思っています。
武田さんはどちらかというと一発で勝負を賭けるタイプですからね。
一発いいのが当たってもうまく首相撲に持っていかれます。
延長まで行って、非常に緊張感のある武田さんらしい試合でしたが、
内容的には僕はブアカーオに完封されたなあというのが感想です。
しかし、武田さんは首相撲でこかされずに踏ん張り1,2回ブアカーオを転がしたのにはさすがだなと思いました。
武田さんはヒザは打ちませんけど、しっかりと首相撲の練習をして、ヒザでやられない術を心得ていますね。
あれだけの実績のある選手ですから当然ですね。

ここでブアカーオにも一言触れさせていただきます。
この選手は今回計量で67kgくらいでした。減量したら余裕でライト級で試合できるくらいです。
他の選手は70kg以上から落としてくるのが大半です。
この体重差を持ってK-1の舞台で活躍し続けている事実を皆さんもっとわかってあげてくださいね。

次に小比類巻選手に賭けたのは試合の展開的にザンビディス戦のような感じになるのでは?と思ったからです。
あとクラウスは9月にS-CUPでチャンプアックと戦って怪我をしています。
棄権するような怪我なら10月の試合に治るわけがありません。(本人は問題ないと言っていたが・・・)
そういった要素も含めて今回は小比類巻選手を支持しました。
試合は飛びヒザがドンピシャのタイミングでしたね。やはり彼には技術的に非凡なところを感じます。
クラウスは大振りが目立ちました。あれならパンチも見えるし小比類巻選手も結構楽にかわせたのではないでしょうか。

小次郎選手は良いのが当たっちゃいましたね。運が悪かったです。
僕はザンビディスに勝つと思っていたのですが予想が外れました。
これにめげずに立ち上がって欲しいと思います。こういうのって圧倒的な負けと世間では言われるのですが
こういう当たっちゃった~的な試合は負け負けなのですが圧倒的な負けではないと僕は思います。
逆に1Rでぱか~んとやられちゃう負け方よりも5R何にもできずに相手に永遠と攻撃され続けた負け方の方が嫌ですね。落ち込みますね。
だから僕はこないだタイで1RでKO勝ちしたけど、もし次やったら勝てる保障はないですから。
逆に判定でもいいから相手に何もさせずに勝った相手の方が何回やっても勝てる自信があります。

KID選手の試合は僕は総合は素人なんで技術的なことを話すのはKID選手に失礼に当たるので話しません。

須藤選手は相手のボディーあれ効いてなかった?でもあの傷口は駄目です。やれるわけありません(笑)
今度ボクシングVSK-1の意味の無さを書きます。

今回ジョン・ウェインが負けてしまいました。試合を観に行かれた方、展開等を書き込んでくれれば嬉しいです。
マゴドメフはチャルムサックに1Rでのばされましたけど結構な実力者ですね。
この勝敗を見ても小次郎選手VSザンビディスで書いたこと納得するでしょ?
ラドウィックとやったウェリアム・ディエンダーは僕とフィクリがアムステルダムでメインイベントを戦ったときに5回戦の最初の試合で出ていました。ちなみにディエンダーはベンローイに負けてるはず。
今思えばあの興行はものすごい興行でした。まあオランダからしてみれば、いつもやって普通の興行なんだろうけどね(汗)
フィクリ、佐藤嘉洋、バダ・ハリ、ジョリー・メス、ファリド・シタンジム、ドラゴ、ウィリアム・ディエンダー、ゴンザレス、
あと有名な選手が何人も出ていました。
まあ語るべきはこんなところでしょうか。長文失礼しました。

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2004.10.14  ブログになりました。

みなさんこんにちわ。今日から晴れてブログになりました。
携帯からも更新できるのでジャンジャン更新しするので楽しみにしててくださいね。

200410141341.jpg

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2004.10.12  ルンピニーランキング入り!!

晴れてルンピニースタジアム認定ウェルター級6位にランクインされていました!
まあ高校の時からひとつの目標にはしていたので感激もひとしおです。
これも地道に実績を積んできた結果だと思います。
僕のキャリアにまたひとつハクが付いたかな。

先日の台風は期待はずれの肩透かしでした。
被害にあわれた方は本当に大変だとは思うのですが、
なぜか台風とか大雨って胸が騒ぐんですよねえ。

K-1MAXが近くなってきてますね。
注目の武田選手VSブアカ-オは武田選手の傷だけが心配です。
ちなみに僕は4月にTKO負けしたときは24針縫いましたが一ヶ月は実戦練習はさせてもらえませんでした。
体はすごい動きたいのですけど、会長がまだ動くなと止めてくれていました。

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